鹿児島地方裁判所 平成8年(わ)231号 判決 1996年12月13日
被告人
氏名
原口三郎
年齢
昭和一三年一二月一〇日生
本籍
鹿児島県肝属郡大根占町馬場一五八五番地
住居
鹿児島県肝属郡田代町麓七〇五番地五
職業
大工
検察官
福光洋子
弁護人
永山一秀(私撰)
主文
被告人を懲役一年二月及び罰金一〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(犯罪事実)
被告人は、本籍地の高校を中退し、大阪や京都で大工として働いた後、昭和四五年ころ、鹿児島に戻り、建材販売、建築請負を業とする有限会社原口建材店を設立したが、土地取引に手を出して失敗したことなどから、平成五年三月ころ、約二億円の負債を抱えて右会社が倒産したため、その後は、夢工房サンコー有限会社の会長で全国同和連合会会長を自称し、同和団体の圧力を背景にして脱税請負いなどの不正行為をしていた濵畑康正を頼って同人のもとに身を寄せていたものであるが、
第一 徳田シヅ子、濵畑康正、高原博喜、朝木正生らと共謀の上、徳田がその所有する土地を売却譲渡したことに係る同人の所得税を免れることを企て、同人の正規の平成五年分の分離課税の長期譲渡所得が三二〇七万八〇〇〇円で、これに対する所得税額は九六二万三四〇〇円であるにもかかわらず、分離長期譲渡所得の計算において、同人には遠矢純則に対して被告人を主債務者とする三〇〇〇万円の保証債務があり、かつ徳田において右保証債務を履行したが、その求償が不能になったかのごとく仮装して所得を秘匿した上、平成六年三月一六日、鹿児島県姶良郡加治木町諏訪町十三番地所在の所轄加治木税務署の署長に対し、分離課税の長期譲渡所得が二〇七万八〇〇〇円で、これに対する所得税額は六二万三四〇〇円である旨の虚偽の所得税の確定申告書を郵送して提出し、もって不正の行為により右譲渡に係る正規の平成五年分の所得税額九六二万三四〇〇円との差額九〇〇万円を免れた。
第二 分離前の相被告人西岡岩男、濵畑康正、朝木正生らと共謀の上、西岡岩男の実父西岡嘉四雄が平成六年四月二三日死亡したことに基づく西岡岩男の相続財産に係る相続税を免れることを企て、西岡嘉四雄の財産を相続した相続人全員分の正規の課税価格が総額一二億六二八一万九〇〇〇円で、これに対する相続税額は総額二億一八七八万三四〇〇円であり、このうち西岡岩男の正規の課税価格は九億九四二五万四〇〇〇円で、これに対する相続税額は二億一四七八万〇八〇〇円であるにもかかわらず、被相続人西岡嘉四雄が、被告人から借入金元本三億円及び利息三億八〇〇〇万円の合計六億八〇〇〇万円の債務を負担していたと仮装した上、同年一二月二六日、鹿児島市易居町一番六号所在の所轄鹿児島税務署において、同署長に対し、相続人全員分の課税価格は総額六億七八四六万八〇〇〇円で、このうち西岡岩男の課税価格は三億三一五五万七〇〇〇円で、これに対する西岡岩男の納付すべき相続税額は六八八万九四〇〇円である旨の虚偽の相続税申告書を提出し、もって不正の行為により右相続に係る西岡岩男の納付すべき正規の相続税額二億一四七八万〇八〇〇円との差額二億〇七八九万一四〇〇円を免れた。
(証拠)
括弧内の番号は検察官請求の証拠等関係カード記載の番号を示す。
判示事実全部について
一 被告人の公判供述
判示冒頭の事実について
一 被告人の検察官調書(乙一〇、一一)
判示第一の事実について
一 被告人の検察官調書(乙一五)
一 徳田シヅ子(甲四九ないし五一)、高原博喜(甲五二、五四)、朝木正生(甲五五)、尾花徳仁(甲五六ないし六〇)、遠矢純則(甲六一)、木場英幸(甲六二)及び原口安成(甲六四)の各検察官調書謄本
一 検証調書謄本(甲四七、四八)
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書謄本(甲四五)及び脱税額計算書説明資料謄本(甲四六)
判示第二の事実について
一 分離前の相被告人西岡岩男の公判供述
一 被告人の検察官調書(乙一二、一三)
一 分離前の相被告人西岡岩男の検察官調書(乙二ないし七)
一 高原博喜(甲二〇ないし二二)、朝木正生(甲二三、二四)、野下敦祥(甲二五ないし三〇)及び秋山幸彦(甲三五、三六)の各検察官調書謄本
一 廣野峰代(甲三一、三二)、吉留健志(甲三三、三四)、小野譲(甲三七、三八)、西岡律(甲三九)、市川洋子(甲四〇)、小泉幹恵(甲四一)、塩野千寿子(甲四二)、生山嘉美(甲四三)及び八木義文(甲四四)の各検察官調書
一 検証調書(甲五ないし七)及び実況見分調書(甲八、九)
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書(甲一)、脱税額計算書説明資料(甲二)及び相続税額計算書(甲三)
一 鹿児島市長作成の戸籍謄本(甲四、附票添付)
一 押収してある相続税の申告等第一件書類一綴(平成八年押第五六号の1)、相続税申告書ファイル一冊(同号の2)、債務弁済に関する契約書一枚(同号の4)及び業務委託申込書一枚(同号の5)
(法令の適用)
罰条
第一の行為 平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)附則二条一項本文により同法による改正前の刑法六〇条、六五条一項、所得税法二三八条一項前段
第二の行為 右改正前の刑法六〇条、六五条一項、相続税法六八条一項
刑種の選択 いずれも懲役刑と罰金刑を併科
併合罪の処理 懲役刑につき右改正前の刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重)
罰金刑につき右改正前の刑法四五条前段、四八条二項
労役場留置 右改正前の刑法一八条(金一万円を一日に換算)
刑の執行猶予 右改正前の刑法二五条一項(懲役刑について)
(量刑事情)
本件は、被告人が、全国同和連合会会長を自称する濵畑康正が組織する脱税請負グループの一員として、濵畑やその配下の者と共謀の上、納税義務者である西岡岩男とも意思を相通じて、六億八〇〇〇万円の架空債務を計上した虚偽の相続税申告をし、約二億円余りもの巨額の相続税を免れ(判示第二の犯行)、また、納税義務者徳田シヅ子とも意思を相通じて、三〇〇〇万円の架空保証債務を計上した虚偽の所得税確定申告をし、九〇〇万円の所得税を免れた(判示第一の犯行)という重大で悪質な組織的犯行である。被告人は、報酬目当てに、架空債務の債権者あるいは債務者として名義を使用させたりして脱税の手段たる架空債務の作出にあたり重要な役割を果たしており、その利欲的な犯行動機に酌量の余地はなく、本件への関与の程度も決して小さくない上、合計二五〇万円もの不正な報酬を受け取っていることなどを併せ考えると、被告人の刑事責任は重いと言うべきである。
しかしながら、被告人は、脱税請負グループの中では相対的に低い地位に留まっていること、被告人には前科前歴はないこと、被告人は、約五か月間にわたって勾留され、現在では深く反省し、事実を素直に認め、今後は共犯者らとの関係を断ち切り、地道に負債の整理に取り組み、二度と過ちをおさかないことを誓っており、妻も同居して監督する旨約束していること等被告人のために酌むべき事情も認められるので、これらの情状を総合考慮して、被告人には主文の刑を科した上、今回に限り懲役刑の執行を猶予することとした。
よって、主文のとおり判決する。
(求刑・懲役一年二月及び罰金一〇〇万円)
(裁判長裁判官 山嵜和信 裁判官 島田一 裁判官 田村政巳)